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疼痛治療の心理社会モデル

疼痛治療の臨床、生物心理社会モデル

 

 はじめに:疼痛患者に対して、現在までにいろいろな取り組み方が報告されている。Bonicaにより創始されアメリカ各地に広まっている集学的疼痛治療としてのペインセンターや、日本でも治療者サイド全員で認知行動学的アプローチを実践している東京都リハビリテーション病院のように、チーム医療が疼痛治療において主流となっている感もある。それでは、個人で疼痛治療を行わなければならない状況であるとき、どうすれば良いか、それを考察して行こうと思う。

 

ペインクリニック診療における基本的概念を、生物-心理-社会モデルという見地から考える。これは多角的・重層的・包括的に患者の病態の理解を試みて、全人的な患者を扱って行くという姿勢であるが、とくに慢性疼痛患者に対しては必須と考える。

 

はじめに生物学的システムであるが、問診、検査(理学的所見、画像診断、血液検査データなど)、疾患としての診断、薬物治療、神経ブロック、手術、身体に対してのリハビリテーションなどが含まれる。痛みの機序を解剖学的、生理学的、薬理学的に捉えている。例をあげると、末梢レベルでは侵害受容器、疼痛関連化学メディエータなどからはじまり、Aδ線維、C線維により神経伝導され、脊髄後角に伝達された侵害情報が軸索内を上向して、視床を経由し、途中で網様体、辺縁系を含めさまざまな出入力の関与を受けながら、大脳皮質に情報が伝わり痛みの情報を意識が感知する。それをまた解剖学的、生理学的、薬理学的に考え、疼痛治療を施すことに繋げている。

初診においては、急性疼痛患者はもちろんのこと慢性疼痛患者に対しても、まずは生物モデルとして患者を診ることになり、患者としてもそれを望んでいると思われる。ペインクリニック医が疼痛を訴えて来院する患者に対しては、やはりこの生物モデルが基本であることは間違いなく、それは初診から終診までのすべての期間においてわずかでもその意識は持ち合わせ実践して然るべきと、筆者は考える。

 

次に心理学的システムについて。疼痛の体験のされ方、疼痛への反応の仕方に対する、精神力動的な要素や動機、性格が与える影響に関連する。心理的評価(質問、心理検査、観察)、各種理論からなる心理療法(精神分析学的、認知・行動学的、来談者中心学的など)がこれに当たる。

この心理学的システムの診療においての導入は、初診から必須というものではないと思われる。ある程度念頭に置くことや、明らかに心理的な因子が予想される時は別であるが、基本的には主に生物学的視点からの診療を数回していく中で、患者-治療者関係が心理的評価を許すような形になってからであろう。それも徐々に浸透させて行く方がスムーズである。とくに慢性疼痛の患者における、この心理学的システムの重要性は疑うべき余地もない。患者-治療者関係さえ許せば、早めに心理学的システムを導入したほうのが、その後の患者-治療者関係の構築にも役に立ち、良好な治療同盟が結べ症状の改善につながる可能性も期待できる。

 

社会的システムでは、疼痛の表現と体験のされ方に対する、文化、環境、家族の影響が検証される。患者の病態を家族、環境または文化、時代の諸側面から考察し、治療・リハビリテーションにあたって各種社会資源との連携をはかるなど、生活をする患者に対しさまざまな視点を持つことが求められる。具体的に例をあげるとしてもかなり多方面であり、いろいろと考えられるが、例えば家族、友人をはじめ自助グループなどのソーシャルネットワークの存在や活用(家族療法も含む)、職場などの環境調整、各種リハビリテーションなど挙げられる。

社会的システムの導入に関しても心理的システムと同様、社会的なリハビリテーションが最初から必要などといったことを除けば、診療のなかで徐々に浸透することになろう。

 

この生物-心理-社会モデルでは、各々が相互に影響し合うことを仮定しており、疼痛と治療において包括的な理解に向けての援助となりうるものである。ただ現実的には、心理、社会的因子も診療において重要であると理解はされるだろうが、なかなか実践できていない。診療にかかる時間的問題、知識情報の不足、医療者側の経営的観点などさまざまな理由が挙げられるだろうし、それらは医師個人もしくは医療チームの方針、信念に基づくものでもある。ただ、このモデルは本質的に異なった情報に対応するための概念的な枠組みを与えてくれるので、純粋な生物学的モデルを超えて、他にも重要な問題がありうることを思い出させる役割を果たしはする。

 

 

Engel GL. The clinical application of the biopsychosocial model. Am J Psychiatry. 1980;137:535.

原田誠一 生物・心理・社会モデルに基づく精神療法の統合:精神療法.Vol.3.No.1(2007)p40-47

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