認知行動療法的取り組み
「慢性疼痛患者に対する認知行動療法的取り組み」
要旨:慢性疼痛患者に対する認知行動療法は、その有効性が海外において評価されている。その有効とされる方式を当院では取り入れ実施している。認知行動の側面で慢性疼痛の症状出現に関わるとされる要因を探り、それを是正していく。当院で行っている認知行動テストの概要を示し、そのテスト結果の変遷とともに症状改善していった患者を症例報告として述べる。
Ⅰ.はじめに1)-9)
慢性疼痛は完治することは難しい。身体的な治療だけでは不十分なことが多く、関連する認知的、情動的、行動的側面についても取り扱う必要がある。また患者自身による長期的な症状を管理していくことも必要であり、その方法を患者自身が学び覚える必要もある。認知-行動(Cognitive-Behavior;以下C-B)アプローチはそのような疼痛管理をする上で役に立つ。
疼痛管理におけるC-B理論の考え方
行動的経験、認知的技法、痛みの感じ方、情動的経験を修正し、痛みに対するコントロール感覚を取り戻すために必要なテクニックを患者に伝える。行動的経験は思っている以上に自分には能力があることを実感させ、認知的技法は情緒的、行動的、認知的、感覚的反応について患者自身が制御を可能にする。得られた成功が自分の努力の結果であると実感することにより、長期的な行動変化につながる。
Ⅱ. 認知-行動治療
患者自身のひどい状態に関する不適応的な考え方や非合理的な信念を見出し、それらを評価し修正できるようになることを目指す。そのために、認知・情動・行動が相互に関連していることを理解し、その関連した結果を認識するよう指導する
C-B的な介入のための戦略的プランとは、患者が自らの状態について認知の再構成化ができるようにすることである
1.認知-行動的介入の目標と目的
認知-行動的アプローチの目標
・問題に対する患者の考え方を、乗り越えられないものから対処できるものへと再構成する。
・問題に対してより適応的に対処するために必要なスキルが治療には含まれているということを、患者に納得してもらう(効果の有効性を理解する)
・患者自身の自己認識を消極的で、受身的で、絶望的といったものから、積極的で資源に満ち溢れ、有能であるというものに再構成する(自己効力感の育成)
・思考や感情、行動や生理機能を自己観察する方法やそれらの関係性を学べるよう促す(自動的で不適応的なパターンの崩壊)
・慢性疼痛に関連した問題に適応的に対処するために必要となる、意識的/無意識的行動の適切な使い方を患者に教える
・成功体験を患者自身の努力によるものであると励ます(自己帰属)
・問題を予測し、それらを話し合うことで対処法につなげる(維持と一般化の定着)
2.代表的な推論の誤り
・ 一般化のしすぎ
たった一つ良くないことがあると、世の中すべてそうだと考える
例)このやり方がうまくいかないなら、他の方法もうまくいかないはずだ
・ 破滅的思考:良くないことばかり考える心のフィルター
常にたった一つの最悪の可能性だけにしか注目しない
例)この背中の痛みは、状態が悪化の一途をたどっていることを意味していて、もうこれで私のからだはめちゃくちゃになっていくのだ
・ 全か無か思考
ものごとを白か黒か、最悪か最善かのどちらかで考える
例)完全に調子が良くならないと、何事も楽しめない
・ 結論の飛躍
根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう
例)医者が私のことを避けているのは、私に治る見込みがないからだ
・ 選択的注意(マイナス化思考)
良い出来事を無視して悪いことばかりに注目する
例)運動をしても、いつもより調子が悪くなってしまうだけだ
・ 感情的決めつけ
理性的ではなく感情で評価して決めつける
例)このやり方はうまくいかないに違いない
・ レッテル貼り
極端な形で一般化して自分でレッテルを貼ってしまう
例)自分はだめな人間だ
・ 拡大解釈と過小評価
自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する
例)仕事でミスをしてしまったのは、自分がだめな人間だからだ
・ 〜すべき思考
「〜すべき」とか「〜すべきでない」と考え、そうしないと罰でも受けるかのように感じる
例)物事は完璧に成し遂げられなければならない
3.治療の概要
認知の再構成化
痛みに関連した不合理な信念や否定的思い込みの修正作業
痛み日記など、自宅での課題を活用
スキルの獲得
自己を管理/調整するために必要なスキルを学んでもらう
(ストレスコーピング、アンガーマネージメント、呼吸法、リラクセーション法、問題解決法、注意転換法、コミュニケーション訓練、身体運動など様々な技法を活用)
・患者が自分でやる気になることが大切
スキルの固定化
・自宅課題を活用して、学んだスキルを定着させていく
一般化と維持
患者自身が治療終結後の状態を予測でき、そのために必要な課題に取り組む
・ 再発予防
Ⅲ.認知行動テストとその活用について10)-16)
C-Bの治療効果に関わる以下の要因が考えられている。その要因において、患者が不適切に認知・行動が行われると、慢性疼痛が増悪する傾向があり、逆に認知変容など適正化されると痛みが減少するとされている。
- Self-efficacy
- Disability (pain behavior)
- Harm (pain behavior)
- Control (pain behavior)
- 破壊的な思考 (catastrophize)
- 痛みの思い返し (catastrophize)
- Relaxation (coping)
の7項目であり、各々のテスト内容を表に示す。(表1-7)
CBTではself-efficacy 、catastrophize、disability、harm、controlは治療要素として重要であるとされる。Relaxationについては、その改善がC-B治療上、痛みとの関連がなかったとされる。
これらのテストを用いながら、患者の認知行動上の不適切さを評価するとともに、会話の中で是正に導いて行く。さらには、再テストにより、認知行動治療の効果を判定していくことになる。(表8)
考察
CBTの評価が海外でよく出されているが、それを直接日本に当てはめることはできない。西洋人と日本人(東洋人)では単純に比較はできないと考える。とくによくCBT試験の行われてきたアメリカ人は言葉や表出、契約、結果を重視する民族であり、認知行動的アプローチに向いていると思われる。前述のRelaxationについては、慢性疼痛の治療としてアメリカでは有意差がなかった。ただ、日本において慢性疼痛患者に対し臨床心理士とともに心理的アプローチを実施してきた筆者らの経験からすると、日本人においては必要な要素ではないかと考えて評価項目の中に加え、かつ臨床的実施をしている。
※認知行動療法の柱:認知(思考の部分)・行動面(症状を含む)・情動面
日本では、伝統的に感情を抑え込んだ表現に美徳を感じる傾向が強い。感情表現に関して曖昧さを残したり、阿吽の呼吸など言外のコミュニケーションに重きを置いてきた歴史が長い。その上で国際化によって欧米的な個人主義なども輸入され、戦後の現代に至っては様々な価値観が崩壊してしまった状況である。しかしながら、学校教育などで未だに個人より集団を重んじる傾向が強いといった点を顧みると、日本社会や日本人の精神構造の根幹と欧米のそれとの相違は大きいと考えられる。日本人の中でも高齢者や都会でない地方などでは、いまだ感情表現の恥意識が根強く、さらに日本社会においては、個人の資質や個性、意見を尊重するより、協調性や仲間意識といった和の心を重視する風潮も根強くある。以上のことから、認知行動療法の柱の一つである情動面へのアプローチは日本人には馴染みにくく、抵抗感や苦手意識、治療関与への消極性につながるとではないかと考える。
※情動面へのアプローチの具体的な方法
客観的視点を強調する目的で表情を取り上げる。喜怒哀楽など様々な表情イラストを活用し、まずは感情の言語化を試みる。自己に置き換えた場合の感情ごとの表情の違いを検討したり、エピソードなども引き出していく。感情認知の適切な再構築目的に色分けをしたり、例えば怒りの表情のレベルわけなどを行う。表情を用いて感情の数値化に取り組みやすくなる。患者の情動面に関する自己理解が深まれば、ストレスコーピング、ストレスマネジメントへの導入もスムーズとなる。
Ⅴ.おわりに
身体の個々の症状だけに着目するのではなく、患者全体を視野に入れることの重要性を感じる。症状自体、またその症状がもたらすさまざま問題に対し、患者がどのように対処しているかについても、治療者としては目を向けていくことが必要であろう。痛みに対し身体的治療を専門にしていく場合でも、症状の意味と患者自身の責任については、よく考慮する必要があると考える。その際には、患者自身も治療に積極的に参加することになる。
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