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Ketamine-assisted psychotherapy(ケタミン支援心理療法)

ケタミンは、治療の補助剤として使用されることが初めて知られるようになったのは1970年代初頭です。この時期、メキシコの精神科医サルバドール・ロケットは、麻酔薬として承認されたばかりのケタミンを使用し、それを彼が「精神合成」と呼んだ独自のアプローチで精神分析技術や先住民の治癒実践と組み合わせることを発見しました(イェンセン、1973)。彼の研究では、患者が極端な心理的経験を経て感情的なカタルシスを達成するグループ治療環境において、サイケデリック物質の使用と「感覚過負荷」が含まれていました。この方法を通じて、患者は既存の心理的な葛藤に立ち向かう手助けを受け、感情的な解放を実現することができました(ウルフソン、2014年)。

同じ頃、イラン南部の医師たちは、精神科入院患者の個別治療においてケタミンの同様の性質を研究していました(Khorramzadeh and Lotfy、1973年)。Enayat KhorramzadehとAtta Ollah Loftyは、ケタミンが患者が外傷的な記憶を処理する「非反応的」精神療法プロセスに参加する能力を促進し、うつ病、不安、その他の精神医学的な症状の持続的な緩和に関連していることを観察しました。この研究は、ケタミンが心理療法の一環として有用であることを示しています(ホラームザデとロットフィ、1976年)。

1970年代から1980年代にかけて、ケタミンの治療薬としての重要性に関する多くの研究が行われましたが、特にロシアの医師エフゲニー・クルピツキーによる研究が注目されます。クルピツキーは、1985年に旧ソ連で初めてケタミンを使用した行動心理療法を導入しました(Kolp et al., 2014)。彼の研究は、ケタミンをアルコール使用障害の治療に組み込み、アルコールと関連付けられた不快な体験を誘発することで患者のアルコール摂取量を減らす試みでした(Krupitsky et al., 1992)。この後、クルピツキーはケタミンのポジティブで超越的な経験を含む恩恵に気付き、嫌悪条件付けから実存心理学とトランスパーソナル心理学に基づいたモデルに移行しました。このモデルは、ケタミンサイケデリック精神療法(KPP)またはケタミンサイケデリック療法(KPT)として知られ、アルコールおよびオピオイド使用障害の治療に成功を収めました(Krupitsky and Grinenko、1997)。これらの研究は、ケタミンが心理療法と組み合わせることで、心理的態度、自己概念、全体的な機能に持続的な変化をもたらす可能性があることを示しました(Kolp et al., 2014)。

心理療法との併用について

最近のケタミン療法の傾向として、心理療法と組み合わせるKetamine-assisted psychotherapy(ケタミン支援心理療法)の方が単独よりも効果があるとされ増加しています。
・組み合わせ治療戦略は、単一治療の限界に対処し、精神疾患に伴う治療不反応、残存症状、再発に対処するために有益とされる。
・薬物療法への心理療法の組み込みは、症状軽減を超えて心理的柔軟性、生活の質、全体的な機能の向上が期待され、統合されたアプローチは治療の安全性と忍容性を向上させる可能性がある。
・ケタミンを心理療法的介入と組み合わせることで、心理的態度、自己概念、全体的な機能に意味のある永続的な変化をもたらす可能性が示唆される。

ケタミン支援心理療法では、ケタミンの投与は心の変化が必要で、異なるトランス状態を目指しています。最近のアプローチでは、ケタミンの効果を最大限に引き出すために薬効期間外に行動療法を強調し、神経可塑性を促進する可能性も検討されています。
ケタミン治療は「精神活性」に依存していない可能性があり、経験や感情の質が治療効果に影響している可能性があります。これにより、症状軽減だけでなく、心理的柔軟性や生活の質、全体的な機能の向上が期待される統合的な治療アプローチが注目されています。

マインドフルネスについて

ケタミン支援心理療法としてはマインドフルネスがよく用いられます。マインドフルネスは、自分の感情や思考に対して注意を払い、その状態を受け入れることを目的とした瞑想の一形態です。このアプローチは、治療過程において患者がケタミンの影響により自己観察や感情の探索を行うのに役立ちます。

以下は、ケタミン支援心理療法においてマインドフルネスがどのように使用されるかに関する一般的な考え方です。

1.セットとセッティングの準備: セット(患者の心理的状態や意図)とセッティング(治療環境)が整えられ、患者はマインドフルネスを通じて自分の感情や期待に対処する準備が整います。

2.ケタミン体験中のマインドフルネス: ケタミンが投与された際、患者はマインドフルネスの原則に基づいて、現在の感覚や思考に注意を向け、それらを受け入れることが奨励されます。これにより、患者は感情や思考の変化に対してより意識的なアプローチをとることができます。

3.セラピストのガイダンス: セラピストは、患者がマインドフルネスを実践する際にサポートし、必要に応じて適切な質問や誘導を行います。これはケタミンの体験が深化し、患者がその過程で得られた気づきを理解するのに役立ちます。

4.統合とアフターケア: ケタミンセッションの後、マインドフルネスは患者がセッションで経験したことを統合し、日常生活で役立てるのにも使用されます。セラピストとのフォローアップセッションでは、マインドフルネスを通じて感情や思考に対処するスキルの強化が行われます。

ケタミン支援心理療法は個々のケースやセラピストのアプローチによって異なりますが、マインドフルネスはより深い自己理解や治療の成果を促進するために統合される重要な要素となっています。

精神医学、精神分析学について(日本人との関わりもふくめて)

現代の精神医学は様々な理論やアプローチから成り立っていますが、フロイトやユング、フロムの無意識理論がその中で重要な位置を占めています。その当時、精神医学や無意識理論に大きな影響を与えた日本人と思想があります。鈴木大拙と禅です。

1.禅の紹介と影響: 鈴木大拙は禅仏教を西洋に広め、禅の哲学や実践に関する理解を提供しました。彼の著作や講演は、禅の概念や禅の瞑想が西洋の哲学者や心理学者に影響を与える契機となりました。

2.心の静寂と無意識へのアプローチ: 鈴木大拙は禅の実践を通じて、心の静寂や無意識の探求が個人の内面的な成長に寄与すると説明しました。これは当時の西洋の心理学者たちに影響を与え、精神分析や深層心理学の探求に新しい視点を提供しました。

3.カール・ユングとの交流: 鈴木大拙は、カール・ユングとの交流が知られています。ユングは禅の考え方や東洋の哲学に興味を持っており、鈴木大拙との対話を通じて、東洋の宗教的な概念が彼の心理学の発展に寄与しました。特に、「無意識の集合的無意識」という概念において、東洋の思想が影響を与えたと言われています。

4.人間の本質へのアプローチ: 鈴木大拙は、禅の教えを通じて人間の本質や真実にアクセスする手段としての瞑想や悟りの概念を提唱しました。これは当時の精神医学や心理学において、新たなアプローチや視点をもたらしました。

鈴木大拙の業績は、東洋と西洋の精神的な探求が交わる地点であり、彼の紹介した禅の思想が西洋の哲学や心理学に新しい視点をもたらす一因となりました。

『禅と精神分析』は、鈴木大拙、エーリッヒ・フロム、リチャード・デマルティーノによって執筆されました。この本では、禅仏教と西洋の精神分析学との対話が展開され、双方の思想やアプローチについて深く考察されています。

鈴木大拙は、日本の禅仏教を広く海外に紹介し、特に『歎異抄』や『正法眼蔵』などの教典に深い関心を寄せました。これらの文献を通じて、彼は禅の核心的な思想や実践に深い理解を築き、西洋の哲学や精神科学との架け橋となりました。鈴木大拙の業績は、親鷺聖人や道元の教えに基づいて、禅仏教の深い洞察を世界に紹介しました。

『歎異抄』における親鸞の教えは、自己の罪意識や無力感を認識し、他力念仏によってそれを受け入れるというアプローチがあります。これは精神医学や精神分析学においても、無意識の領域や他者との関わりを意識することが心の健康に寄与するとされる考え方と一部リンクしていると言えるでしょう。

『正法眼蔵』では、坐禅や一切皆苦の理念、現在の重視、無我と自我の解体などが重要視されています。これは禅の修行を通じて心の奥深くにアクセスし、無意識の要素や心の苦しみを理解することを提唱しています。これらの教えは現代の心理療法とも通じ、心の健康に寄与する可能性があります。

20世紀初頭、ヨーロッパで形成された精神医学は、フロイト、ユング、アドラーなどの先駆的な精神分析家たちによって牽引されました。この精神分析学の波は、その後米国にも広く波及しました。ただし、20世紀半ばには認知行動学が台頭し、行動と思考のパターンに焦点を当て、無意識の代わりに観察可能な行動を重視しました。これが当初の無意識志向のアプローチからの一線を画す変化でした。

しかし、最近では米国で新たな潮流が見られます。マインドフルネスなどの実践が再び無意識に注目し、精神療法において一種の原点回帰が起こっています。マインドフルネスは、禅仏教の瞑想に基づいたアプローチであり、意識的な注意と現在の瞬間への集中を強調します。この手法は、過去の経験や感情に埋もれがちな無意識の側面に対処し、心の健康を促進するとされています。

日本では、これらのアプローチが特に受け入れられやすい状況があります。なぜなら、禅仏教の哲学と瞑想は、もともと日本文化に根付いており、無意識の探求や心の平静を重視する要素を持っていたからです。マインドフルネスも、元をたどれば禅に基づくものであり、日本人の心に深く共鳴する要素が含まれています。

フロイト、ユング、アドラー、そしてエーリッヒ・フロムなど、異なる学派が影響を与えつつも、最近では禅仏教の思想が再び注目され、無意識に焦点を当てる新たなアプローチが進展しています。これらのアプローチは、日本人の文化的背景と深く調和し、精神療法において新たな可能性を切り開いています。


ケタミンの幻覚と夢について
名古屋麻酔科クリニックは、15年以上前に麻酔科(ペインクリニック)および心療内科として設立されました。私たちは、痛みに対する心理学的アプローチを当初から実践し、臨床心理士と協力して支持的な精神療法などを行っています。私自身は、夢分析に基づく力動的な精神療法を実施しており、これまでに一人の患者に対して500回以上、他の多数の患者にも合わせて数千回以上の夢分析を行ってきました。夢を無意識からのメッセージと捉え、社会的で人間的な頭で考える意識と、動物的で本能的な言葉を有さない無意識との乖離を減らすために、夢の象徴的な内容を解釈し、患者に照らし合わせることで乖離をつなぎ合わせます。夢自体には意味があり、悪い夢であっても、それが人を良い方向に導くことを信じています。夢の解釈を行わなくても、夢は個人にとって心のバランスをもたらします。夢の解釈を通じて、意識と無意識が効果的に連携し、安定した精神状態に近づくことができます。ただし、無意識に支配されすぎることは危険なため、適度な距離感を保つことが重要です。夢は無意識からのメッセージであり、人にプラスの影響を及ぼし、助けになると私たちは考えます。

繰り返しになりますが、夢はその人を良い方向に導いてくれます。これはケタミンによって引き起こされる幻覚や夢にも当てはまると私たちは考えています。つまり、幻覚は副作用と見なされることがありますが、実際には治療の一環である可能性があります。ケタミン点滴後の患者からの報告によると、「暗闇に引きずり込まれた」「宇宙に放り出された」「ギンギラ銀の世界にいた」など、また楽しい夢や悲しい現実、死んだ家族が出てきたり、視覚的な光の幾何学模様など多様な体験があります。これらの体験はすべて、無意識からの意味あるメッセージとして捉えられます。これらのメッセージは、解釈がなくとも、思考を明確にし、考えを整理し、リセットする感覚をもたらします。その結果、冷静な思考が可能となり、精神の正常化と維持に必要なセルフコントロールに繋がると考えられます。

鈴木大拙の言葉を引用すると、「科学の立場は物事を客観的に見ることを強調し、内面を外部から観察します。科学者は主観性を避け、物そのものを直接見ることはできないと考えています。しかし、真の自己を理解するためには、科学のアプローチを内面からの理解に向けて転換する必要があります。」この言葉は、自己認識が主体と客体が一体となって初めて可能になるという考えを示しています。

10年以上前、私たちはケタミン点滴と催眠療法を組み合わせる治療法を試みましたが、期待した成果は得られませんでした。この方法では、点滴中に患者に言葉で暗示をかけるというアプローチを取りましたが、鈴木大拙の言葉を振り返ると、この方法が成功しなかった理由が理解できます。言葉による暗示は外部からの操作であり、無意識の深いレベルでの変化を促すには不十分でした。この経験から、心理療法の世界で外部からの操作ではなく、内面からの変化を促すアプローチの重要性が示唆されます。これは、認知行動療法からより内面的なアプローチであるマインドフルネスへの回帰が進んでいる現代の傾向と一致しています。マインドフルネスは、より深い自己洞察と無意識レベルでの変化を促す手段として注目されています。


ケタミン支援心理療法としてのマインドフルネスは、自己洞察を通じてケタミンの効果を高め、深く掘り下げることを目的としています。マインドフルネスを取り入れることで、点滴のみの治療よりも効果が高まるという研究結果があるとこを踏まえ、当院では患者自身が行うアプローチとしてのマインドフルネスではなく、同様の洞察を夢分析の手法を用いて導くことを考えています。点滴終了後に幻覚や夢の内容を伺い、力動学的精神療法により洞察的介入をすることで無意識層との乖離を是正、冷静な思考に導く可能性があると考えています。

幻覚や夢が現れない場合もよくありますが、治療の効果がないわけではありません。ケタミンは薬理学的にNMDA型グルタミン酸受容体を阻害をしているので、広範に存在している脳のさまざまな領域や神経回路脳内に作用し、多くの効果をもたらしていることは研究結果として出ています。そのことから、夢幻覚を自覚しない場合でも同様の体験は脳内で起こっていると考えます。

当院では従来の治療法の枠に留まらず、苦しんでいる方々の健康と幸福を支えるために、可能性がある限り最善の新しい取り組みに力を注ぎます。患者一人ひとりのニーズに合わせ、より包括的なケアを提供することを目指しています。

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